新時代の始まり

現在使われている音階、「ハ長調」「ト短調」など24の長調短調からなる調性というシステムは、16世紀の後半、つまりパッヘルベルが活躍していた頃にまとめられていった。

それまでの音階は、グレゴリオ聖歌にもとづく旋法という考え方が支配的で、16世紀では主に8種類の旋法があった。現在の長調に近いのがリディア旋法、イオニア旋法、ミクソリディア旋法。短調に近いのがドリア旋法、主音をDからGに移調したドリア旋法、エオリア旋法。どちらとも言えないのが、フリギア旋法と、主音をEからAに移調したフリギア旋法で、合計8種類。

旋法では、基本的には主音は決められていて、これ以外に自由に移調することはできない。教会の教えに背くから、というのが一番の理由だったからのようだが、実際には、当時のオルガンの調律法(中全音律)では、下手に移調すると響きが悪くなりすぎたからである。しかし弦楽器や調律法の発達などにより、16世紀後半には様々な移調が好まれるようになり、旋法の理論は混乱して、結局は現在の長調・短調にまとめられていった。

パッヘルベルの室内楽曲で現存しているものはすべて長調・短調で表示されているが、コラール編曲ではほとんどが旋法による曲。宗教的でないオルガン曲は、便宜上長調・短調で表記されているが、実際は旋法による曲も混在している。例えば調性で表記されている「シャコンヌ ニ短調」は、実際はドリア旋法の曲である。

「カノン」はもちろんニ長調の曲であるが、一部にミクソリディア旋法(正確にはミクソリディアの主音をGからDへ移調したもの)が用いられている。第44小節以降で、本来「シ」にあたる音(C#)を臨時のナチュラル記号で半音下げているところ。曲の初めからカノンを聴いていくと、途中でいきなり耳慣れない音(Cのナチュラル)が聞こえて、ちょっとびっくりした経験のある人もいるのではないだろうか。臨時記号が無くてもそんなに大きな問題にはならないが、メリハリをつけるという意味で、転調に似た効果がもたらされる。8つの旋法の中でもミクソリディア旋法は、生き生きとした元気の良さを表現するのに適しているとされ、パッヘルベルがその解釈に従っていたとする文献もある。

教会オルガニストとして古来の旋法にこだわる作曲をする一方で、大衆向けには、調性という音楽会の新しい波に乗った作曲。古いものと新しいものの良さを知り、どちらも積極的に使いこなして楽しみたいパッヘルベルの気持ちが、6つの臨時記号に表わされているのではないだろうか。

参考文献

H.ケレタート著、竹内ふみ子訳 「音律について 下巻」 p.46, 1999, シンフォニア
サルヴァトーレ・ニコローシ著 幣原映智訳 「16世紀の実作に学ぶ古典純粋対位法」 p.55-62, 1997, 音楽の友社

2001年8月10日

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