古典調律聴きくらべシュミレーション その2

CDで使われた音律の推定

CD「アンサンブルの領域vol.1」で使われた音律を推定してみます。もっとも僕は耳も良くなく、音の周波数をスペクトル解析する装置も持っていないので、ライナー・ノートの記述を手がかりに想像してみることにします。

手がかりになりそうな部分を抜き出してみます。『シャイデマン=プレトーリウスの報告書から、私自身の工夫をも加えて再現した調律法』『特にここでは、DとAが、うなりのない純正な関係となるので』『シャイデマン=プレトーリウスの調律法はミーン・トーンの一種である。ミーン・トーンにおいては、多くの長3度、短3度が純正に近く、(中略)転調しても基本的に全体の響きは変わらない』(以上、ライナー・ノートより抜粋)

ハインリッヒ・シャイデマンは16世紀半ばに活躍したオルガニストです。当時はもっぱら中全音律を基本にした調律法が一般的でしたが、なにせGis - Es の5度の開きが大きすぎるので、軽減しようとして、この区間の両側(Es - B、Cis - Gis)を中心に純正5度に置きかえる工夫をすることが多かったようです(「その1」の5度圏の図を見ながら読んで下さい)。シャイデマンは3、4箇所の5度を純正5度に替える提案をしていたようです。このことと、ライナー・ノートの記述と矛盾しないように音律を考えてみました。CDの製作者に会って確認したわけではないし、何度も念を押しているように、そもそも素人考えなので、保証はしません。

(CDの音律の想像図)

この音律を仮に「推定された音律」と呼ぶことにします。推定された音律では、多くの長3度が純正より5.5セント大きくなっていますが、平均律の16セントのズレよりはずっと純正に近いし、調号の少ない調どうしの転調に強い中全音律の性格は、そのまま残されています。

ヴェルクマイスター第3法との比較

ヴェルクマイスター第3法は1691年に発表されました。5度圏で書くとこんなふうです。

(ヴェルクマイスター第3法の5度圏図)

1.和音の響き

カノンの循環コードをポップス風に書くと、D-A-Bm-F#m-G-D-G-A です。ここに登場するメジャーコード、マイナーコードの響きが音律によってどう違うのかを計算してみます。表の数字は基準音に対する純正な音程からのズレをセント値で表わしたもの。0に近いほど澄んだ響きになります。

コード名DABmF#mG
推定された音律
5度上の音0-5.5-5.5-5.5-5.5
3度上の音+5.50-11-5.5+5.5
基準音DAHFisG
ヴェルクマイスター第3法
5度上の音-60-60-6
3度上の音+10+16-16-16+10
基準音DAHFisG
平均律
5度上の音-2-2-2-2-2
3度上の音+14+14-16-16+14
基準音DAHFisG

計算結果を棒グラフで表わしてみます。各コードで、左の棒は長3度音程の純正からのズレ、右の棒は5度音程のズレを表わします。棒の面積が多いほど、にごりの多い響きであるとみられます。

(計算結果を表わすグラフ)

全般的に、推定された音律ではにごりの少ない和音が多く、ヴェルクマイスター第3法では平均律での響きに近い和音が多いと言えるでしょう。

2.2つのヴァイオリンのハモり

パッヘルベルのカノンでは3つのヴァイオリンのパートがありますが、必ず2つは組になって似た旋律を演奏し、残りの1つは対立した旋律を演奏します。組になった2つのパートどうしは、長3度か短3度の音程関係になっていることが多いです。

(第5・第6小節の図)

第5・第6小節の、2つのヴァイオリンのパート間の響きを計算してみます。表の数字は純正な音程とのズレをセント値で表わしたもので、0に近いほど2つの音はよく溶け合っています。

音程D-FisCis-EH-DA-CisG-HFis-AG-HE-Cis
推定された音律+5.5-5.5-5.50+5.5-5.5+5.5-5.5
ヴェルクマイスター第3法+10-16-10+16+10-22+10-16
平均律+14-16-16+14+14-16+14-16

この表の結果をグラフにまとめてみます。

(グラフにしたもの)

推定された音律では、どの部分でも2つの音が溶け合う傾向が強いですが、ヴェルクマイスター第3法では、常に平均律に近い濁りを持っています。推定された音律とヴェルクマイスター第3法の違いは、第5小節の4拍目と第6小節の2拍目で顕著です。

3.チェロの旋律

パッヘルベルのカノンのベース音は、ダイナミックな4度音程の下降を繰り返すのが特徴です。音名では d-A-H-Fis-G-D-G-A と表わされます。旋律が美しくなるとされている、ピタゴラス律との音程差を計算してみます。

旋律d -> AA -> HH -> FisFis -> GG -> DD -> GG -> A
推定された音律0-11+5.5+22+5.5+5.5-5.5
ヴェルクマイスター第3法+60+6+18+6+6-12

この結果を用いて、旋律のばらつき具合をイメージ化すると、次のようになります。

(イメージ化したもの)

4度の下降では、はじめのd-A(第1小節の1拍目から2拍目にかけて)で、推定された音律よりもヴェルクマイスターのほうが落差が大きめなのが目立ちます。2度の上昇ではA-H(第1小節の1拍目から2拍目)で、推定された音律のほうが緩やかなのが目立ちます。Fis-Gの上昇(第1小節の4拍目から第2小節の1拍目)では、どちらの音律の上昇幅も平均律の上昇幅(ピタゴラス律+10セント)より大きく、古楽っぽさを醸し出しているようです。全体的には、推定された音律での旋律のほうがアンバランスな感じがします。ただしこれは通奏低音のパートに限定した話なので、ヴァイオリンの旋律については別途調べるべきでしょう。

改めてCDを聴いてみて

先入観を持っているからかもしれませんが、推定された音律のカノンでは、2つのヴァイオリンのパートが溶け合っていて、全体のパート数が2.5パートぐらいに聞こえます。ヴェルクマイスター第3法のカノンでは、3つのヴァイオリンがそれぞれが自らの存在を主張しているようです。また通奏低音のD-Aの下降(第1小節の1拍目と2拍目)がヴェルクマイスターのほうが落差が大きいように感じられます。

参考文献

コンヴェルスム・ムジクム 「アンサンブル音楽の領域 vol.1」 (CD) 2001, コジマ録音
高橋彰彦 「複合純正律ピアノのすすめ」 1992, 音楽の友社
H.ケレタート著、竹内ふみ子訳 「音律について 下巻」 1999, シンフォニア

2001年8月9日

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