古典調律聴きくらべシュミレーション その1

コンヴェルスム・ムジクムが演奏した「アンサンブルの領域vol.1」(2001年, コジマ録音)というCDには、2種類の音律、中全音律(を調整したもの)とヴェルクマイスター第3法で演奏された2つのカノンが収録されています。不幸にも、僕には絶対音感も無いし、ヴァイオリンの奏でる音の微妙なピッチ(音の高さ)の違いも聴き取れません。そこで、耳のいい人にはどのように聴こえているのかを計算ずくで調べてみることにします。「聴いて良ければそれでいいじゃん」という音楽本来の楽しみ方からすれば本末転倒だというのはわかっていますが、僕のような者でも音律を聞きくらべる実体験をしてみたいと思ったのです。

別のコラム「カノンはなぜニ長調か」でもちょっとだけ触れましたが、前提としていくらかの予備知識が必要です。私は音楽の専門家ではありませんが、物理の教諭という商売柄、裏づけの無い物語は苦手なので、音律に関する最低限の事項は確認したいと思います。難しい話は嫌いだけど結果だけは早く知りたい方は、「その2」の後半まで読み飛ばしてください。また、やや初心者向けに大雑把に書いたつもりですので、専門的な細かいツッコミはご容赦下さい。より詳しい説明をお望みの方は、「MIDIによる調律法聴きくらべのページ」や「松井剛史のページ」などの素晴らしいサイトがあるので、そちらをご参照下さい。

平均律

現在我々が多くの楽器で耳にする1オクターブ12音の定義方法。1オクターブは12個の半音の音程(ド−ド#,ド#−レ,...,シ−ド)が合わさってできている。音の振動数の比は、どこの半音の音程でも一定。

セント値

平均律半音の振動数の比を100セントといいます。10セントは平均律の半音10分の1の違い。1オクターヴは1200セント。

うなり(ビート)

完全に同じ音が出るように調整された2つの弦を同時に弾くと、あたかも1本の弦だけを弾いたような一定の大きさの音がするが、微妙に調整が狂っている場合は「ぐわーん、ぐわーん、...」音の大きさが周期的に変化する。ギターなどの弦楽器をチューニングするときに経験した人も多いだろう。この現象をうなり(ビート)という。うなりは同一の音だけでなく、1オクターブ違う音どうし、5度音程の音どうし(ド−ソなど)、長3度音程の音どうし(ド−ミなど)でも起こりうる。うなりの程度によっては非常に不快なものに聞こえることがあり、コーラスなどのよくハモっている状態というのは、うなりを極力排除した状態とみることができる。うなりの無い演奏が物足りなく感じられ、わざと多少のうなりを求めるケースもある。

純正な音程

うなりの無い5度音程(半音7つぶん)を純正5度、うなりの無い長3度音程を純正長3度と呼ぶ。純正5度のセント値は702セント、純正長3度は386セント。平均律の5度(700セント)は純正にとても近いと見ることができますが、平均律の長3度(386セント)ではとても純正とは言えない。中央のドとミの場合、1秒あたり3回程度のうなりになる。だから平均律の和音は響きが悪い。

弦の振動数

弦楽器の鳴る音は弦の振動数によって決まる。弦を引っ張る力の強さ、弦の1mあたりの質量が同じなら、2本の弦の振動数の比は、弦の長さに反比例する。ある開放弦(途中で押さえられていない状態)の音がドだとすると、1オクターブ上のドはちょうど2分の1の長さ、うなりのないソの音(純正5度)はちょうど3分の2の長さ、うなりのないミの音(純正長3度)はちょうど5分の4の長さになる。

中全音律

16世紀に広まり、17世紀に最も盛んに用いられた。なるべく全ての5度音程を純正にしようとすると、旋律としては響きが良いが、長3度音程のうなりが大きくなってしまうので、和声の音楽には不向きになってしまう。5度の音程を5.5セントだけ純正より縮めると、多くの長3度を純正にすることができる。これを利用して作られたのが中全音律。多くの和音がきれいに響く一方で、Gis - (上の)Es の5度が純正5度よりも約3分の1半音広くてひどい響きになるなど、両極端な性格を合わせ持っている。17世紀には、M.プレトリウスやH.シャイデマンなどによって、この性質を軽減させる修正案が普及している。

ウェル・テンペラメント(不均等調整音律)

17世紀後半のヴェルクマイスター、18世紀後半のキルンベルガーなどにより、なるべく多くの5度、長3度を純正に近いものにしようと工夫された音律。概して、調号の少ない調の曲は和音が美しく、調号の多い調の曲は旋律が美しくなる傾向がある。

5度圏

音律の全体像を捉えるために図表化したもの。下図のように、12角形の各頂点に12音を配置する。

(5度圏の図)

時計回りで見たときの隣りは5度上の音、時計回りに4個隣りは長3度上の音にあたる。一周を全て純正5度にしようとすると、24セント不足し、純正5度を4つ上積みして作った長3度は、純正の長三度より22セント大きい、という性質がある。中全音律とピタゴラス律・キルンベルガー第3法の5度圏は下図のとおり。なお、純正5度と純正長3度は黒の実線で表わし、純正に近い5度と長3度は灰色の実線に、純正値との差を示すセント値を添えた。

(中全音律の5度圏図) (ピタゴラス律の5度圏図) (キルンベルガー第3法の5度圏図)


 さて、「その2」ではCD「アンサンブル音楽の領域vol.1」で用いられた音律を推定し、カノンにおけるヴェルクマイスター第3法との違いを実際に計算してみましょう。

2001年8月9日

「その2」へ続く。
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