「名曲偏愛学」を読む

野中映氏著の「名曲偏愛学」(時事通信社/1992年)を買った。ふつう本は本屋で立ち読みしかしないのだが、パッヘルベルのカノンや僕の持っているCDについての記述があちこちあったりする上、たまたま僕の勤務校の卒業生(僕よりもずっと年上だが)というよしみで、まあコレクションの一端ということで買ってみたわけだ。クラシック曲を中心とした、かなり個性的な切り口のエッセイ集。

まず第1章では、パッヘルベルのカノンなどを用いる胎教を強烈に皮肉っている。基本的に僕も同じ立場です。子供の教育にいいからとか名曲だからとかで音楽を聴くもんじゃない。薬じゃあるまいし。そこからクラシックのほうに興味が広がってくるきっかけになれば結構なことなのだが。

氏が本当に「単純な28回の繰り返し」だと思っているかどうかはよくわからないが、基本的に17世紀までの音楽は、バッハ以降の作曲家と同じ鑑賞法をすべきではないと思う。パッヘルベルのカノンには、後の時代の作品にもあまり見られない職人芸みたいなのを僕は感じる。時代を超越して人の心に響く何か普遍的なものを備えた、人類最大の発見と言っても(ちょっと無理して言えば)いいのではないだろうか。その証拠にクラシック苦手!というガングロの女の子がケータイの着メロにカノンを気に入って使ってたりするではないか。

第4章では、戸川純の「蛹化の女」、遠藤ミチロウの「カノン」、山下達郎の「クリスマスイブ」をクラシックのカノンと比較している。ここでもカノンを「胎内回帰」という共通項でくくっており、物足りなさを感じなくもないが、ただそういうカノンの使われ方が多いのも事実なのだし、仕方ないのかも知れない。

もう少し多角的にカノンを捉えてほしかったというのはあるが、最後の章でブライアン・イーノのディスクリート・ミュージックにまで言及しており、カノンのコレクターとしてはそれなりに楽しむことができる。よろしければどうぞ。

2000年8月21日加筆

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